孫の自転車初乗りと三角乗り

一番上の孫が六歳の誕生日を迎えた。
生まれたのが昨日のことのように思えるのだが、もう年長組になる。
お祝いにと自転車を買いにお店にでかけた。

自転車のサイズは身長に合わせて、大体の大きさは決まる。
少し大きめだが二十号くらいでもいいかと思ったのだが
最終的には孫がこの色がいいと自分で十八号に決めた。
サドルの高さが一番下なのであと三、四年は乗れるだろう。
とりあえずジジババのところで預かることにした。

パパと一緒に自転車を取りに行き、戻るや否やすぐ自転車にまたがる。
もちろん補助輪付きだ。ペダルの漕ぎ方、ブレーキの使い方、
曲がり方など一通り教えた。
初めはおそるおそるだったのだが、あっという間に、スピードもでてきて
曲がることもできるようになった。子供の感覚はすごいものだ。

休憩で自転車に乗ったまま庭先に入ったとき、ペタルに乗せた足が滑り
むこうずねを打った。しばらく狂ったように泣いていた。
自転車が乗れるまでは転んだり、時にはケガしたりして
上手に乗れるようになるのだと言い聞かせた。

夕食後、もう一回自転車に乗ってから家に帰るという。
「転んでも、痛くても乗らなくてはね。楽しいんだもん」という。
あんなに大泣きしたのに、ちゃんと人の話を聴いているのだと感心した。
パパにもみてもらってから、補助輪をとるか決めようと伝えた。

自分が小さい頃は、荷台の大きい大人用の自転車で、「三角乗り」で覚えた。
バランスをとるのが難しく、ペダルを半回転しながら、転んで転んで覚えたものだ。
この乗り方を知る年代は五十歳以上になるかな。
今は、ヘルメットや肘や膝のパットもあり、事故防止には万全だ。
広い場所でじっくり練習させてあげたいと思う。
今度はいつ来るのだろうか。

またひとつ愉しみが増えたな。











娘の長女にご対面

娘の長女(第三子)にご対面。
コロナ禍の折、病院での面会は誰もできない。
入院五日後に退院となり、自宅に出向いた。

スマホのラインで赤ちゃんの様子はみていたが
実際に会うのは初めてになる。
しかも女の子故にいとおしく感じるものだ。
第三子の出産にあっては、上の男の子(五歳と三歳)、特に
三歳の子が果たしてママのいない間、大丈夫だろうかの方が
気になって仕方がない。
上二人の時は、私たちのもとで静養していたが、
今回はパパが育児休暇をとり、こまごまな家事をするというので
実家への里帰りはないのだ。
特に三歳の次男はママべったりで、パパと寝られるのだろうか、
大泣きしてはいないかなど、気になって仕方がなかったのが正直なところだ。
でも、五日間を乗り切った。えらいな。

退院の日、お祝いのお赤飯をもって家を訪ねた。
上二人も赤ちゃんの存在をわかったようだ。
でも、久しぶりでママの顔をみたので、赤ちゃんが寝ている間は
ままとベッタリのようだ。
ママがいない間も、聞く限りパパに大きな面倒をかけた様子はなさそうだ。
コロナがなければ、毎日のように病院に行けて、寂しいこともなかったのに。

この後、幼稚園も本格的に始まり、赤ちゃんが加わり生活が始まる。
ひとしきり、赤ちゃんの顔変幻を観ながら過ごした。
仲の良い三兄弟妹になって欲しいと願うばかりだ。

早速、赤ちゃん専用のアルバムを買い、誕生から一週間の写真をはった。








塩コンブにはまる

先日、ある情報誌をみていたら、料理のレシピがでていた。
塩コンブと桜エビの炊き込みご飯のレシピだ。
幸い、塩コンブも桜エビも残り物があった。

白米二号に塩コンブを適当に切り、桜エビを入れ炊くだけだ。
酒大匙二とあったが忘れ、あとで気が付く。
コンブもエビも約二十グラムとあったが、コンブは残り分
全て使い約二十五グラム、エビは十グラムしかなかった。
軽く混ぜてあとは水加減は通常より少なめだ。
適当に炊いたのだが桜エビの香りがいい。
塩加減も丁度いい。家族もビックリだ。
こんな簡単にほどよい味のごはんだと、すこぶる評判がいい。
我が家の炊き込みごはんは市販の素で作るのが定番。
今回は残り食材で、桜エビもお好み焼き用で比較的安い。
スーパー棚にもピンキリあるので、高いものを使うと
香りはいいのだろうな。

塩コンブは常備品に近く、主にお茶漬けや浅漬けに使う。
サラダのレシピ集をみていたら、トマトに塩コンブをまぶすがあった。
トマトはよく使うので、これはいい。なにせ簡単なのがいい。
トマトを一口大に切り、塩コンブをかけ、ごま油をチョイ足しだけだ。
トマトの酸味と塩コンブの触感、ゴマ油の香りがいい。
これも家族の評判がいい。
いずれも塩コンブが共通食材、なかなか使い方次第で通になるな。
よくよくインターネットで調べたら、塩コンブを使ったレシピは
あるはあるは、お茶漬けくらいしか知らない自分が恥ずかしいくらいだ。

あと数品、塩コンブを使った料理?ができるといいな。



皇帝ダリアの鉢植え

昨年の皇帝ダリアの茎を植えたところから芽がでてきた。
地植えはどんどん伸びているが、鉢植えは成長が遅い。
そろそろ深鉢にその新芽を植え替えようと試みた。

十号の深鉢を使うのは初めてだ。
鉢植えの仕方をインターネットで調べてその通りにやった。
果たして程ほどに大きくなってくれるのだろうか。

球根の花は毎年咲くのが楽しみだが、三鉢あったユリが
ひとつになってしまった。
初めての孫を連れて、ユリパークに行ったときに購入した。
葉が枯れたら切り取り、そのまま冬を越した。
二年目は見事に咲いたが、三年目に変化があり、四年目は一鉢になった。
その鉢には四本の芽が出ていたのだが、内、二本が孫のボール遊びで
折れてしまった。幸い、一番大きくなっている苗が残り
年長組になる孫の思い出が残るユリだからできるだけ長く咲かせたい。

今回の皇帝ダリアは挿し木から芽がでたものだ。
球根にキズをつけないように慎重に植え替えたつもりだが‥。
きっとほどほどの高さ(二Ⅿ)で花が咲いてくれるだろうと期待膨らむ。







娘の第三子(長女)誕生

次女の第三子が生まれた。
長男、次男も可愛いが第三子は女の子でありうれしい。
パパ方では男の子三人だったから、女の子の孫ができさぞかし‥。

コロナ感染防止で、家族でさえ面会できない。
前日も、孫の幼稚園に迎へに行くと、生まれそうなんて
いうものだから車移動も心配の限りだ。
でも、翌日、予定通り朝早く入院した。
お昼前までには生まれるだろうと話していたのに、いっこうに
生まれないし、その後も連絡がないのだ。
入院してすぐ生まれると楽観していただけに
逆にどうしたのだろうと心配し、朝から携帯をしきりに見る。

夕方、ラインに生まれた子供の写真が送られてきた。
二人とも元気そうで、胸をなでおろした。
自分の娘たちは、予定日はあったものの変動した。
入院をすすめられたが、当分生まれないから家族は自宅で待機して
と帰されたこともあった。
現在は、いつ頃でなく、いつ産むのかということらしい。
それだけ、事前の経過観察といつ産みたいかの希望も兼ねて
決めた日に確実に出産することができるというのだ。

長女の誕生日が、実家のおばあちゃんと同じ誕生日らしく
なんともうれしい限りだろう。五日後の退院日にご対面だ。
張り詰めた気持ちが溶けてホットひと安心。






スケッチブックをみたら

定年になる前から、水彩画、油絵、ペン画、レタリングなど
描くことへの興味もあり、手を染めたことがある。
結局、長続きせず当時のスケッチブックが残っているのだ。

腕前??、見せられるものでもないが、スキャンしたり写真で撮り
デジタルで残しておこうと、整理を始めた。
それらをある写真の投稿ソフトでまとめたら、写真と違う印象のものが
できて、これ幸い、時々、水彩画シリーズでまとめるといいと思い始めた。

どうして水彩画をはじめたかというと、気に入らないところがあれば
描かなければいいからだ。
写真はそのまま写るので、なかな切り取れない。
写真をスケッチするときもあり、その時、不要ならその部分
描かなければいいのだ。単純なことなのだ。
でもそれ以上に透明感のある色合いがなんとも言えない。
これまでに風景しか描いていないが、空や木々の描き方がいまいちだ。
水彩画展にも顔を出すことがるが、観るたびに自分の絵にガッカリする。

でもスケッチブックをめくってみると、ヘタなりに絵になるからいい。
額に入れるとまた雰囲気が違うから不思議だ。
尤も、自分で描いたからでもあるな。
始めたころは、現地で描いていたが、今はほとんど旅行などの写真を題材にする。
昔の同僚がいつの間にか上達し、展覧会でも賞をとるくらいになった。
今までせいぜい大きくても六号程度、それより小さいものがほとんど。
ある時、もっと大きな絵を描けといわれ、十号の用紙を用意した。
ところが、一枚も描かず仕舞い買ったままの状態ででてきた。
大きな絵、飾るスペースもない。時間も絵具も大変と言い訳をさがしてきたのだ。

今回、改めて初期のころのスケッチなどをみていると、
いろいろと試し試しで描いていたことが蘇る。
好きな写真だって、何百枚も撮っても、いいと思うのはほんの数枚だ。
それに比べれば、もっとたくさん描いて、大きなものに挑戦することも
やる価値がある。意欲があればだが‥。

まだまだ自分の画風というか好きな手法というか定まっていない。
今年中には十号作品を描いてみたいものだな。


カメラの手入れ

最近、外へでかけて写真を撮る機会がない。
ブログにも写真が載せられない。
このところカメラの手入れもしていないのだ。

デジタルになってからよく素子面に埃などがついて
カメラ屋さにもっていったり、自分で清掃したりしていた。
そういうことがない限り、滅多に清掃はしない。
この機会に今使っているカメラを中心に念入りに清掃をした。

カメラバッグは、少し大きめのものと携帯用バッグの二ツだ。
よく使うカメラの標準、広角、望遠レンズは小さいバックに。
大きい方のバックには、フィルムカメラの本体と望遠レンズと
取り扱い説明書、フィルターやテレビやレリーズ及び補助バッテリーがある。
実は、付属類などはどこに置いたかさだかではなかったのだ。
古い説明者や保証書、使えない予備バッテリー、未使用の
リバーサルフィルムもある。
バックに収まらないカメラ類は、本棚や飾り棚の空いたスペースに陳列。
主にコンパクトカメラ類だが、中には何かの懸賞であたった
スタート35KⅡ、FUJICACXⅡなど骨董品のぶるいのものもある。
スタート35KⅡは一光社製で1958年頃、何かの懸賞で親父がもらった。
FUJICASIXⅡ(写真)は冨士写真フィルムが発売したもので
フィルムは6×6版、レンズに蛇腹がついていて、お折り畳み式だ。
発売から68年もたつことを知った。私の上司の転勤であとかたずけをした際、
いらないというのでいただいたものだ。
古いカメラをみていると、現役を去ったものの愛着がわく。
自分の幼少の頃、カメラなんて一部の人しか持つことはなかった。
カメラを交換するたびに、捨てずに残しておくと記憶のアクセサリーになる。

現役カメラの中に、フィルム専用カメラがある。
私の中では、今のデジタルよりカメラ歴は長いのだ。
今はフィルムもあることはあるが、ほとんど使わない。
時々、ここぞという風景を撮るときには、フィルムも併用して使うが
現像も引き延ばしも時間もかかり、引き受けてはくれない。
それゆえ、デジタルへの転換しているが、ネガをデジタルに変換する
作業をするものの、なかな進まないのだ。

思い入れを確かめながら、カメラの手入れをやる。
もう、次のカメラへを手に入れる欲もないが、ミラーレスカメラは
一度使ってみたいものだ。
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コロナ、緊急事態宣言が解除されたが‥

気持ちの上では少し不安が和らいだ。
でも、解除後、我が町では感染者が散発している。
同じ市内でのこと一層不安が続く。

これまでの感染者の濃厚接触者というから、経路が明確なので
それはいいが、最初の感染者の経路が不明なのだ。
張りつめていた行動が解除宣言で緩んだのかな。
その後の発生は、逆に不安が増大するものだ。
私の行動範囲は、孫たちの預かりと食料品の買い物、ウオーキングだ。
それでも、マスクを時々忘れる、手洗いをササッと済ますなど、
宣言中とは違う気の緩みがあるようだ。

運動公園の駐車場も開場になり、最初の土日、かなりの来場者がいる。
遊具利用などは、感染防止策として検温や利用者の記載、消毒などを
しながら利用している。
まだまだ、子どもたちの声で賑わうのも先の先になるだろう。

コロナで働き方をはじめ生活様式の変容を望まれるところだが
果たして、我が家ではどんなことで変化がみられたのだろうか。
不要不急でない限り外出を控える行動が言われたが、
もともとの生活があまり家にいずチョコチョコでかける。
親しい知人に会うと、ついマスクをとって話をする。
手洗い消毒、うがいの習慣は少しできるかな。
買い物はカードなどで非接触が増えた程度で、買い物頻度は変わりなし、
習慣化した変容があったとは言えないかも。

でも、このパンデミックで経済的なダメージを受けた方々は多いし
不幸にも亡くなられた方もいる現実。
第二波、第三波もあるかも、細菌感染の驚異に対する処し方を
世界視野で確立して欲しいものだが、最後は一人一人の行動による。

見えない敵と戦うには、集団で同一の意思と行動が決めてになるのかな。





子供でもできる筋トレ

孫の二人をモデルにして、スマホでビデオをとった。
上の娘が撮影しラインで下の娘に送る。
二人の娘は、小学校の教師をしている。

テレワークで授業の支援策として学習方法を求められているらしい。
新しいことへの挑戦を含め、ユーチューブでの教材作成を始めたらしい。
ペットボトルを上げ下げする運動や腕立て伏せのビデオをとったのだ。
タイトルやBGMも付け編集してラインで送りかえしてきた。
孫二人の頭文字、KとKでktube、笑っちゃう動画でなんとも楽しい。
タイトルが「こどもでもできる筋トレ」part1、
第二弾は「ルームランナー」で、座椅子の背をハンドル代わりにして走る。
畳が擦れちゃうよ。
第三弾は、「腹筋」だ。なかば遊びなのだが、筋トレに間違いない。
子供に筋トレは?。自粛生活の続く大人への当てつけか。

それにしても、娘たちのアプリとスマホ活用力にはついていけないな。
そろそろ、学校も再開へ向けてスタート。
孫たちのビデオを撮る暇もなくなるな。



皇帝ダリア三年目

今年で皇帝ダリアは三年目を迎える。
いただいた初年度の苗からは花は咲かなかった。
二年目は咲いたのだがたくさんの蕾を持ちながら霜で枯れた。

三年目は地植えの横からすでに目がでてきて、日々大きくなる。
低木に育てようと思い、鉢植えにした節の横からも芽がでてきた。
今年は地植えと鉢植えで皇帝ダリアがみられるかもしれない。

鉢植えは、十号鉢(三十センチ)だと二メートルくらいに収まるという。
地植えは、昨年五メートルくらいに大きくなった。
実は、地植えの場所が電柱のそばで明るい。
夜、明るいと咲かないようで、鉢植えにしようと考えた。
鉢植えには、五本の節を植えたが、まだ二本しか発芽していない。
発芽本数が増えれば、十号鉢を増やさなければならないのだ。
花鉢が増えるのも場所もなく困ったものだ。

園芸が趣味ではないが、小さな花鉢をよく買う。
次の年もと保存するうち、増えてしまうのだ。
近所の方は、花は手がかかるので地植えの花木だけにしているという。
花鉢は春だけでは事足りなくなる。夏も、秋も、冬もと考えると
結構、やっかいなガーデイニングになる。
そう思うのは園芸をやる資格はないのかな。

とにかく、初めての鉢植え皇帝ダリア、咲いて欲しいと願う。


ブログPV、十万回

ブログを始めてからPV(ページ閲覧回数)が十万回に達した。
ユーチューブが何百万回数の時代、驚く数字でもないが
自分の日記を他人様が十万回も見てくれたのだ。

定年の一年前からスタートし、職場の同僚に初めたからと
言うと、しばらく閲覧し「あまり人の生活を覗くのもねと」という
反響もあって、生活の様子がわかるらしい。
通常、ツイッターとかブログは一言つぶやくのだが、私のブログは
少々長いつぶやきだから、あまり読んでくれないだろうという感じだ。
だから、それらをまとめるといっぱしの長編物語になる。
故に、本にしたブログ集が十七冊目になってしまったのだ。

ここコロナ自粛の影響か、PV回数が昨年よりは増加傾向。
アクセス回数の変化をみていたら、第一次の緊急事態宣言終了前の
五月四日の三百九十二回という記録があった。
こんな長いブログをよく見てくれたものだと感謝する。
アクセスを延ばす工夫はいろいろあるようだが、このままでいい。

五月十三日、ついに十万三回になった。
ジャンルは独り言が五百六十八編、家族二百二十九編、
日記、趣味、旅行と続く。合計千五百六十二編になる。
ここまでくると本来のつぶやきの一言、一,二行にするのは難しいな。
今まで通りたんたんと綴ることにする。
とりあえず、十万回PVごくろうさん。


電子証明書の更新

電子証明書を作ってから五年が過ぎた。
更新通知がきて、市民センター窓口に出向いた。
受付番号をとり一端窓口に案内されたのだが。

大変な混雑ぶりなので、おかしいと思ったら、
案の上、三時間待つがいいかと言われた。
この時期は、コロナ特別定額給付のオンライン申請が始まり
こぞってマイナンバー申請をする人が続出したらしい。
更新期限まであと一ケ月あるので、またの機会にと辞退した。
翌日の新聞では、本庁の方では六時間待ちだったという記事があった。

その五日後、八時半の開庁前に到着し一番の番号札をとった。
あっという間に来庁者が増え、待ち椅子がいっぱいになった。
まだまだ続くだろうかこの混雑振り。
幸い、二十分程度で更新処理が終わることができた。

これであと五年、気兼ねなくeーtaxもできる。
それまで、頭も指もガタつかず、パソコンのキーボードが打てるといいな。

ばあちゃんの部屋

ばあちゃんが特養ホームに入居してから三年目に入った。
その間、タンスの整理をしたものの、ほぼ前の状態になっている。
ところが、最近、孫たちによりリフォームされている。

当初は畳の八畳間が遊び場所だったのだが
ある日、新聞紙で人の形やら不思議なものをつくり
ばあちゃんの部屋のいたるところにベタベタと‥。
暗くすると新聞紙がヒラヒラ舞い不気味な空間だ。
お化けの部屋と称し、時々案内される。
それから、本棚や机やら台所やらをダンボールで作り始めた。
すっかり孫たちの空間ができている。

ばあちゃんがいる頃は、なかなか部屋に入ることはなかった。
出入りを始めると、すっかり自分たちの部屋になり
かたづけなどすると、すぐわかってしまうのだ。
子供は遊びの天才とよく言われるが、まさに現実の姿を映しながら
自分たちの世界観をつくりあげているのだ。

ばあちゃんの部屋が、孫たちの部屋にリフォームされつつある。
六歳と四歳、どんな部屋に作り上げるのか愉しみでもある。


キーマカレー

先日、お昼に娘がキーマカレーのテイクアウトをしてきた。
近くのコーヒー店でこの時期はじめたという。
一口、試食したらいい味している。

次は違うお店のキーマカレーのテイクアウトだ。
この時も一口試食した。
こんな感じで、テイクアウトを愉しみにもしているようだ。
私は、一人分は食べないので妻と娘のお裾分けで楽しんでいる。

それなら、自分で作ってみようと挑戦した。
我が家のカレーは、甘口でジャガイモ、人参、玉ねぎと豚肉が定番だ。
妻は肉ダメだが、ひき肉はOKなので堂々と作れる。
キーマカレーは初めて作るので、いくつかレシピを観ながら
アレンジして作ることにした。
普段のカレーでは使わないニンニクやショウガ、味噌も入れた。
トマトケチャップやウスターソースも入れた。
レシピの良いとこどりなので味はどうなるかわからない。
ルーは市販(十二皿分)のひとかけ分で約三人前。
ひき肉は二百グラム、玉ねぎ、にんじん、ピーマンを刻んで入れ、
ごはんは五十%玄米ご飯にした。
翌日への残りもなく、丁度よい量になった。

さて、味は「激うま」の感想。ナスもいれるか迷ったが
ごちゃまぜになりそうでやめた。
時間も短くフライパンひとつでできる。
先日、下の娘が「抹茶カレー」を作ったとラインがきた。
カレーはどうにでも作れるものだな。
何をいれてもうまいものだ。

ミュージカルのパンフレット

本の整理をしていたら、ミュージカルや観劇の際の
パンフレットの束がでてきた。
当日、観劇した際に購入したものだ。

時間がたっぷりあるので、一冊ずつめくることにした。
この手のパンフレットは、約十五年前に遡る。
最初は、亡、森光子さんの「放浪記」だった。
次に、今も時々でかける、劇団四季の「オペラ座の怪人」だ。
二〇〇六年の十二月と記録に残る。丁度、定年の半年前になる。
次女の職場の方に予約してもらい、娘たちと観に行った。
この時、ミュージカルを初めて観た。
当初、ミュージカルへの偏見があったのか、敷居は高かったのだが
「オペラ座の怪人が凄いらしいぞ」のキャッチコピーが耳についていた。
しかし、意に反し、その迫力に圧倒された。
以来、劇団四季の会員である。

そのパンフレットをめくると、当時のことが蘇る。
今、いろいろなことを忘れるのに、パンフレットをみていると
思い出すから不思議だ。
パンフレットをみて、当時のブログを読み返すとさらに鮮明になる。
記録が残っているのはいいものだと思う。
いい時間つぶしになる。

まだまだパンフレットが多く残る。
捨てようかと思ったのだが、もう少し保存しておこうかな。

うまいⅱ パンケーキ

このところ、お昼に娘がよくテイクアウトしてくる。
外の食事はあまり食べない。お昼あるよというのだが。
妻もお店への支援のテイクアウトだとすすめているのだ。

今回は、パンケーキを買ってきた。
そんなもの食事ではないと馬鹿にしていたのだが
それが、なんとまあ美味しい。
パンケーキもうまいが、トッピングしたバナナがなんともいえない味だ。
思わず妻も私も、こんなバナナ食べたことがないと口を揃える。
現役の頃、通勤途中に銀座千疋屋があった。
高級な果物を揃えていた。
そこに、一本千円のバナナがあると評判が立った。
もう十数年も前の事だ。今でも一本千円から二千円の商品を揃えるという。
皮も食べられるバナナもあるというから驚きだ。
普通は糖度十五度くらいだが、高級バナナは軽く二十二度をこえるという。
百円から百五十円の三、四本組のバナナしか食べたことはない。
このパンケーキのバナナは多分いいバナナなのだろうな。

バナナは病気の時ぐらいしか食べられないものだった。
それだけ贅沢品だったが、今は比較的安くて一般的になっただけ
こんな高級品まであるのだから驚くばかりだ。

このパンケーキについているバナナはその部類なのか。
一本千円のバナナを食べるのは、勇気がいるな。
今度、テイクアウトするときは、バナナのこと聞いて欲しいものだ。





子供の日の光景

遊園地も運動公園も駐車場は閉鎖になっている。
いつもなら、家族連れで賑わうのだが。
今年は人影は見えない。

ところが、近くの川沿いをウオーキングしていると
魚釣りや小さなテントをはり、家族で過ごしている光景が多い。
川べりロードを自転車の練習だろうか、元気いぱいだ。
住宅街の川べりでも、小さな子供を連れたパパたちの姿が多い。
鯉や鮒がいっぱい泳いでいる姿を見ている。
パパたちも、今までみたことがないのだろうに。
それでも、ママやジジババでなくパパと遊ぶ姿が多い。
帰省している家族も少ないからだろうか。
鯉のぼりの姿もめっきり減っている。
昔の子供の日が光景が様変わりした気がする。

半面、子供と親が多いのがホームセンターとか開店寿司のテイクアウトだ。
ホームセンターでは、日常聞いたことがない、駐車場での注意喚起の
アナウンスだ。それだけ来客が多いのだろう。
また、お寿司のテイクアウトでは、時間指定ができないほど混雑している。
我が家でも孫たちがくるので、夕食はお寿司にしようと午前中に
注文したのだが、夕方の時間帯はNG、午後二時半ならできるという。
誰もが考えることは同じで、子供の日の過ごし方の選択肢がないのだ。

一緒になって遊べるのも、小さい内だけだ。
どんな環境にしろ、いろいろな子供の日を記憶に収めたいものだ。







五百円玉ができない

海外旅行の準備金として、五百円玉貯金を続けている。
もう初めて十年以上になる。
いっぱいになれば三十万円になる貯金箱だ。

最初にあけたときは予定金額にはるか届かなかった。
次からは缶をゆすりながら入れると、ゆうゆう三十万円を超えた。
海外旅行費用の足しにと始めたのだが、なかなか貯まらない。
いっぱいになると開けて預金しておくのだ。
ところが、最近、預金箱に入れる五百円玉がないのだ。
買い物の支払いは現金や商品券だから、結構お釣りができる。
買い物の額により、五百円玉もでるのだ。
ところが、十%の消費税導入とかコロナ感染防止などで
カード支払いが増え、現金の取り扱いが減り釣銭がないのだ。
いつも小銭入れは満杯が多い我が財布だが、さっぱり入っていない。

妻と二人で貯めているが、預金箱の重さが変わらない。
この分だと、旅行の足しにできるのは三年くらいかかるかな。
そろそろ旅行費の貯め方を変えないといけないな。

チャリンと鳴る貯金箱の響き、やめたくないのだが。




孫の一人お泊り

今年、幼稚園の年長組になる孫。
まだ休園中だが、再開すると幼稚園でお泊りがある。
そこで、一人でジジババの家に泊まる練習をした。

夜、家に帰るということはなさそうだが、それでも心配。
パパ・ママと三歳の弟は早々と自宅に戻った。
さて、それからが遊びメニューのオンパレードで
近くの川まで鯉や亀をみに散歩だ。散歩といえど結構な距離になる。
夕飯を食べてから、花火をして、お風呂に入り、県外にいる娘と
ラインのビデオ電話をして、「おうち遊園地」をみてと休む暇もなく動いた。
途中、散歩の疲れだろう、ひとしきり寝たこともあり
その後も寝るまでハイテンションが続いた。
昼間から相当数の「おうち遊園地」のジェットコースター動画をみている。
朝起き一番、ジェットコースターの夢をみたという。
なんとか一人お泊りは、周りが心配することもなかったようだ。

自分の長女が次女を連れて、ある研修キャンプに行ったことがある。
長女は六歳、次女はまだ四歳、県外の山奥でのキャンプだ。
電車やバスを乗り継いで行く。
最寄の駅では元気にバイバイしたのだが、キャンプ場では毎日泣いて
長女にしがみついたいたという。寂しくてもすぐには戻れない。
キャンプを終え、駅に戻ってきた次女をみて、つい親も泣いてしまった。
こんなに無理させることもなかったなあと‥。
その次女がママになり、今度は自分の息子を一人お泊りさせる。
ジジババのところだから大丈夫と思うが、集団お泊りとなるとまた心配は残る。
こういう繰り返しで子供は少しずつ自律心が育っていくものだ。

翌日、パパママと弟が迎えにきた。
弟もいない自由な時間をすごした孫だが、みんなでお泊りとはまた違う。
早く幼稚園も再開し、お泊り練習の成果を聞かせて欲しいものだな。











おうち遊園地とHDMIケーブル

巣ごもり生活、親は我慢できるにしても
子供はそうはいかない。遊園地は勿論、運動公園の
駐車場も閉鎖でおうち遊びが中心になる。

そんな時、「こども遊園地」のCMをみた。
テレビをモニター代わりにして、パソコンからの動画をみる。
以前、プレゼンテーションの練習でやったことはあるが
今は、テレビはテレビ、パソコンはパソコンのみである。
パソコンとテレビをつなぐのは、HDMIケーブルというのがあり、
画像も音声も同時につなぐことができる。
双方の接続場所にHDMIのコネクタがあり、ケーブルでつなぐだけだ。
テレビ側で多少の操作はあるものの、難しいものではない。

早速、家電店でそのケーブルを買ってきた。
形状も長さも様々だと聞いたので、事前に確かめておいた。
メーカーもいろいろ、より画面や音を鮮明にと性能も多種あり
手頃な価格のものを選べば大丈夫ですと店員に言われた。
いつも思うのだが、このような付属品の数の多さにはびっくりする。
だから選べないので、まずは店員に確かめることにしている。

とりあえず、何年振りかテレビの取説をとりだし接続した。
小さな画面のスマホやパソコンでみるより迫力がある。
これなら、大人も子供も楽しめるかもしれない。
「こども遊園地」は、いくつかの遊園地にあるジェットコースターの
動画を配信している。その中で、ジェラシックパークがあった。
恐竜大好きな孫たちにはうってつけの動画だ。
恐竜のビデオは見つくしている孫たちだが、これなら関心をしめすだろう。

当面、孫たちとの生活の機会がある。
本当は体を使い考えながら何かをするのがいいのだが
これも遊び道具のひとつとして活用したいものだ。





コロナ、特別定額給付金の申請

一人十万円の特別定額給付金の申請がスタートした。
オンラインでの申請は五月一日スタート。
午前中から準備を始めたが、最後の送信で大混雑??。

何度か試みたが、十八時以後にアクセスするようメッセージがでた。
そして、夕食後、やっと送信でき申請は完了した。
市町村の受付準備が整わないと申請はできない。
幸い、マイナンバーカードも所得してあり、カードリーダーも使い
確定申告に活用していたので、それほど迷わずに申告ができた。
翌朝の新聞には、我が県内七市町のみが開始し、七百五十件の申請があったようだ。
オンラインの混雑様からもっとあったように思えた。

でも、スタート初日はたくさんの相談もあったようだ。
オンラインでやれば、早く支給されることもあり
この機会にマイナンバーカードを作るという方もいるのだろうか。
オンラインとなると、多少慣れがないと作業に手間取るかもしれないな。
給付が遅くなるが、葉書で申請もあるのでそちらをお勧めするが、
早く給付して欲しいという生活感が相談に現われているのだろう。

この特別定額給付金の額や対象、受取方法でも一悶着あった。
なにより申請がスタートできてよかった。
もしかしてアベノマスクより先に給付金が届く人もいるかもしれないな。





マスクがやっと届く

マスクの品不足、どこでも買えない。
アベノマスクもまだ届かない。
そんな折、いつも利用するサイトでマスクを注文した。

そのマスクもいつ届くのかわからない。
野菜の販売ではないのに、いたるところで店をだして
手作りマスクが売られはじまった。
今のマスクは不織布タイプだが、もう洗濯しながら四順目に入った。
やきもきしていたところ、突然、注文したマスクが届いた。
今年はコロナが騒がれる直前に花粉症だといわれたこともあり必需品になった。
先がわからないだけに、少し多めに持ちたいと思っていたら
一人三セットまでの注文(一セット30枚)できるというので
子供たちの分も含め六人で九十枚になる。
なくなりそうになったら小出しでだそう。
異常事態宣言も延長のようで、なんとか持ちこたえることができそうかな。

それにしても、欲しいものはすぐにでも届いて欲しいと思うものだ。
そんな心理を利用して悪だくみするものもいる。
品不足の折、今回は送料、消費税など含み、一枚約百四十円くらいになった。
高価格マスクにも限度があるが、これくらいは仕方がないのかな。

洗い古しのマスクも交換時期だ。高いマスクをつけるかな。









昭和の日

昭和の日、昔、旧天長節で天皇の誕生日だった。
昭和天皇崩御により、みどりの日が四日になり
昭和の日として制定された。

国民の休日がこれほど変わるのも珍しいという。
もともと天長節とは皇后さまの誕生日だったようだ。
天皇誕生日として改めたことにより(昭和二十三年)、皇后さまの誕生日は
「地久節」となり、宮廷内での祝い事にとどめるようになったようだ。
天皇が変われなば、「天皇誕生日」も変わる。
自然を愛する昭和天皇を偲び、「みどりの日」としたという。
でも、激動の時代を経て今の繁栄をもたらした「昭和」を忘れないよう
「昭和の日」としたという。
コロナ禍の今、背景こそ違い激動の時代を彷彿させる。
この先まだ不透明だが、「昭和の日」を契機に昭和魂をみせたいものだ。

明治天皇は十一月三日に文化の日として、大正天皇は制定されなかった。
昭和天皇は四月二十九日の「昭和の日」に、今上天皇は二月二十三日になる。
上皇天皇は十二月二十三日だったが平日となる。
いずれにしろ、国民の祝日にはそれなりの意味を持つ。
新聞にも激動の昭和時代のトピックスが掲載された。
昭和はレトロな時代になりつつも、生きた証として「昭和の日」が残る。

令和への想いが一段と強くなり、「天皇誕生日」への想いを寄せたいものだ。