マイナポイント

キャッシュレス決済の還元策が終わり、新にマイナポイント制度が
始まった。マイナンバーカードの普及率を高め、
経済の活性化にもつなげようとするする取り組みだ。

コロナの支援策で給付の遅れが問題になった。以前から問題視されていた
マイナンバーカードと個人への紐付けだ。
今回のマイナポイント事業は、キャッシュレス決済をすると
決済の二十五%、最大五千円をポイント還元するものだ、
ただしカードは一種類のみで、カードによって付与の特典もあるから
どのカードを登録するか迷うところでもある。
まずは予約してからキー番号を取得し、カードを登録する手順になる。

七月一日、予約登録開始で二日後、パソコンから登録した。
マイナンバーカードを認証するカードリーダーを持っているので
スマホで登録するよりいいかなと思い実行した。
すんなりと登録されあとは買い物をするだけだと思ったら
なんと使えるのが九月一日からという。
参加事業者を募集中であり、確定後の運用になるらしい。
なにもこんなに早く登録する必要もなかったかな。

どうも今回のコロナ支援策の遅れ遅れが心配で、早めにという
意識が強いようだな。悪い行動でもないからよしとするか。
これでマイナンバーカードの普及率が高まるのかな。







生児のデゾメと顔見せ

長男と次男が幼稚園の早帰りで、自転車を練習したいという。
初宮参りのすんだ長女をつれて娘が実家に顔をだした。
外出は健診もあり初めてではないが、実家にくるのは初めてだ。

昔から新客といい、初めてのお小遣いをあげる。
自分の子供たちもデゾメの折にはお小遣いをもらった。
この新客の際の風習は地域により様々あるようだが、
我が地域にはお小遣いを上げる以外に特別な儀式のようなものは聞かない。
このデゾメや顔見せは、ごく自然にふるまうものという中国ことわざにもある。

何故、お小遣いを上げる?
宇和島や九州地方には、「耳開け銭」といわれる風習が残る。
穴の開いた小銭に紐を通したものを新客の生児にあげるという。
他人様の忠告にはよく耳を傾けなさいという意味らしい。
お小遣いと意味合いが違うようだが、こんなルーツかなと私は思う。

それにしても頭がふらふらしていて何せ抱くのも躊躇する。
外の空気に触れるのはいいことらしい。
ただ、コロナ禍の折、外出は慎重にならざるをえないな。
長男、次男の騒がしさの中、スヤスヤとよく寝る。

これからは、外出機会も増えてくる。
コロナに負けず、いい空気を吸って元気に育って欲しい。

磯山神社の紫陽花

時期的に紫陽花が見頃を迎え、あちこちの名所が紹介されている。
これまでは紫陽花といえば大平山のあじさい坂だけだった。
ところが近隣でもいいところがあるのだ。

そのひとつ、隣の鹿沼市に「磯山神社」があり、
そこの紫陽花がいいという。
午後、幸いに雨があがり車で二十分のところに出向いた。
雨上がりでもあり、この鬨を待っていたのか
多くの観光客が訪れていた。
杉木立の中の参道が階段で拝殿までまっすぐにのびている。
両側に約二百種類と言われる紫陽花が最盛期を迎えている。
ちょっと濡れた参道、水滴が紫陽花につき情緒ある風景だ。
丁度、茅の輪くぐりも準備され、無病息災を願いくぐっていた。

今年は紫陽花に縁があるのか、先日は、新品種の紫陽花をもらい
剪定し鉢替えをしたばかりだ。
近い所では、保護団体が維持している氷室あじさい坂、
遠いところでは、茨城県境まで足を運び、
フクロウ像との共演を初めて観た。
みたこともない色とりどりの紫陽花、形も面白い。

コロナ禍、梅雨時期、うっとおしい日々が続く中、自然の営みは
かわらず、癒しを与えてくれる。
用心しながら、ささやかな目の保養を愉しみたいものだ。
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日本遺産の"かさましこ"

このほど、日本遺産登録が百四件になった。
日本各地の有形・無形の文化遺産を守り、後世に残していこうとする
文化保護制度として二千十五年からスタートした。

本年度予定したオリンピックまでの目標、百件を超えたので
文化庁は今後認定をしないと決めたという。
元は世界遺産の予備軍のようなイメージがあったが、どうも
地域の活性化につなげる目的に移行したらしい。

認定の形は、単一の地域でストーリーが完結するものと
いくつかの地域を複合して物語をつくるシリアル型があるようだ。
益子焼は過去二度は単一地域で申請をしていた。
今回、兄貴分にあたる笠間市の笠間焼と一緒に認定された。
タイトルは「兄弟産地が紡ぐ”焼き物語”」だ。
江戸時代、明治時代とそれぞれの地域の環境は変化をみせ
それぞれに地域の特徴を生かした焼き物文化を築いたきた。
益子焼の浜田省吾に代表される益子焼が台頭したが、
笠間焼も各種のイベントや芸術の森にみられる
焼き物の歴史を体感できる施設群も特徴のひとつである

益子も笠間も幾度となく訪れている。
ただ、目的の焼き物を見つける、観るだけの時間だった。
ちょっと 陶芸教室に入ったり焼き物のさわりに触れた(写真)
この焼き物語のストーリーをゆっくりと鑑賞したいものだ。
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孫のお宮詣り

娘の三番目の子、長女が生まれた。
コロナ禍の最中、何かと気を遣う。
無事、出産し早一ケ月が過ぎてお宮詣りがきた。

日に日に変わる孫の動きをみると、コロナなどどこ吹く風だ。
早い段階から女の子とわかっていたから、それなりの準備は
妻と娘の間でやっていた。
お宮詣りで使う着物も、我が娘たちが使ったものだ。

最近では、目で動くものを追うようになったという。
益々、可愛くなり周りの者の驚きが面白くなってくる。
一番上のお兄ちゃんは六才になったばかりだが、
面倒見がよさそうだ、次のお兄ちゃんはまだ三歳、
口も動きも達者だが、妹だという認識がまだ薄いようだが
最近はチャント名前を呼ぶようになった。
以前は抱っこしていたら、遊んでもらいたく「これおいて」と
荷物扱いだったとあとで聞いた。
お兄ちゃん二人で、可愛がって欲しいものだ。

さてお宮参りだが、以前は三十分間隔で、お祓いが行われていたが
拝殿に上がる人数を減らし、十分間隔、一団体との間隔も畳一畳分あける、
玉ぐしの奉納も省略、コロナ感染症対策だ。
いつもなら家族写真を撮り、食事にいくのだが、写真撮影は別途になった。
この時期、茅の輪くぐりが行われており、みんなで八の字にくぐり、
家内安全、無病息災を願った。

まだまだ続く孫の行事、お食い初め、初正月に初節句。
ジジババに愉しみをくれてありがとう。







黄ぶなとアマビエ

コロナ禍で、なんとかこの疫病と闘おうと
昔の人が考えた信仰伝説が人気を博している。
黄ぶな伝説もその一つだ。

亡立松和平さんが黄ぶな伝説を聞いて「黄ぶな物語」を書いた。
自然破壊が進む世に警鐘を鳴らした作品でもある。
図書館でその読み聞かせをユーチューブにアップした。
山の木を伐り、たんぼをつくり人々は幸せを掴むと更に欲がでて
自然を破壊していく。そこに、疫病がでて多くの人が亡くなった。
昔から住む仙人みたいな老人に教えを請いだ。
老人のいるそばには川が流れ、黄色の鮒が泳いでいた。
教えを請うことができなかったが、その黄ぶなをみて悟った。
これからむやみに山の木を切ることをやめよう。
切ったら新しい苗を植えようと決心したそうだ。

ここからが、読み聞かせにはないのだが、宇都宮に天然痘が流行した時、
田川に棲む黄色のふなを病人に食べさせたら直った。
貴重な魚なので獲れない、そこで、張り子にして軒先に飾り
無病息災を願うようになったという話だ。

熊本県の「アマエビ」も同様に、コロナ禍の終息を願い登場した。
江戸後期の瓦版に、海中から奇妙な光を放し、豊作や疫病の予言を
したとされる妖怪がいた。マスメデイアにも取り上げられ、
お守りとして様々なイラストもでてブームにもなっている。
伝説には信仰的な精神文化があるものだな。

黄ぶなの張り子は 作り方を体験することもできる。
黄ぶな弁当も宇都宮駅に登場した。
伝説をあたらめて読んだり聞いたりするのもいいことだ。
目に見えない敵と戦うには、自粛生活や生活様式を変えることも
大切なのだが、何か精神的なよりどころが欲しいということだろうか。

もう、しばらく、しばらく我慢だな。



自粛解除で娘帰る

自粛が解除され、県鏡を越える移動も解除になった。
緊張が続く自粛生活は寂しいもので、以前から帰りたいと
懇願されていたが、県境越えはダメ‥我慢していたのだ。

姉の長女が生まれたこともあり、早く姪を抱きたくて仕方がないようだ。
それがやっと実現してこれまでの苦しさから少し開放されたかな。
小学校の教師をしているので、ここ数ケ月、相当な気苦労が重なり
時々、連絡をするものの愚痴もこぼれる。
医療や老人施設、学校、保育の現場で働く皆さんの苦労は
その立場でないと分からない。
勿論、仕事を失い生活に苦慮された人もまだまだ多い。
それでも、油断するとコロナ感染の危険がある。

先日も県境を越える移動が解除になる前に移動し、
コロナ感染が確認され、濃厚接触者も感染したそうだ。
東京からの移動だが、まだ心配、ということにならないのかな。
解除したから絶対感染しない保証はないのだが‥。
悔いは残るだろうな。

いつもなら帰郷すると、友人たちと食事するのが通例だが
今回は、姪を抱っこして夜遅く帰った。
まだまだ拡大防止策としてやるべき生活行動が続くことだろうが
頑張って欲しいと、ただエールを送るばかりだ。










紫陽花の鉢替え

県の農業試験場で開発された紫陽花を
母の日に妻が娘からもらった。
「パラソルロマン」という花名だ。

ピンク色でてまりのような大きな紫陽花だ。
八重咲きでボリュームがあり、パラソルを広げたような花だ。
通常、紫陽花はプラスチック鉢に植えられ販売されている。
咲き終わると剪定をして地植えか、一回り大きな鉢に替えるという。
湿気をこのまないので、鉢も通気性のよい素焼鉢がいい。
土壌も鹿沼土に腐葉土を混ぜた土がいいそうだ。
今年、お披露目して来年から本格的に販売するという。
そんな貴重な紫陽花をいち早く見られてよかった。

ところで、紫陽花は品種が多く、世界で約二千種を超えるという。
また、育てやすいこともあり毎年多くの新種が誕生するらしい。
花色や葉形、全体のバランスなど人それぞれに好みがあるだろうから
花屋さんやあじさいの名所を訪ね、こまめにチエックするとよいらしい。
特に農業試験場などは長年かけて品種の改良をしていることから
アンテナを高くしていると、新品種をいち早く知ることができるようだ。

しかし、紫陽花は何もしないとどんどん大きくなる。
昨年、植木屋さんが入ったとき、バッサリと剪定したこともあるが
それでも狭い庭だけに、この時期の存在感は大きい。
これ以上、もらった紫陽花を地植えでもしたら大変なことになる。

にわか知識で剪定をしたり、土壌を変えたりしたが
とにかく来年また、大きなパラソルを開いて欲しいと願うばかりだ。




つがの里の古代ハス

この時期、ハスの花が咲く頃だと思っていたら
新聞に紹介されていた。
多分、自粛も解除され多くの人が訪れることだろう。

いつも、お昼頃でかけるのだが、ハスの花は夜明けとともに花開き
午前中いっぱいが見ごろだそうだ。
自宅から近いこともあり、朝七時頃に「つがの里」に着いたのだが
情報を聞いてか、多くのカメラマンや散歩中の人で蜜状態だ。
花の開花の状態は、何度行っても最盛期にあたらないことが多い。
新聞の情報はかなりの確率でいい状態を発信してくれるものだから
掲載されたら行くと、間違いはないものだ。

毎年行われる桜祭りもハスの花祭りも中止になった。
お祭りの時とは比べようもなく人は少ないが、それでも、小さな蓮池の
廻りや、散策用木道にはカメラマンでいっぱいになる。
三脚を使う人も多いので、余計に混雑するのだ。
それでも、一回りしながら大きく咲いたハスの花や蕾を撮った。

レンコンの水面上の茎が伸びて咲く花がハスだ。
花を観賞するものと食用にするものは少し違うようだが
レンコンの花に間違いない。
昭和二十六年に千葉県の遺跡で種が発見され「大賀ハス」と命名された。
その種が発芽し花をつけた。千葉県の天然記念物に指定され
古代ハスともいわれる。

花が終わり、花弁の底面の穴(ハチの巣)をみるのも面白い。
もうしばらく、観られることだろう。
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雨どいから雨水ジャージャー

以前からうまく雨水が樋を流れない。
四月の後半に、高い脚立を購入し修理を試みた。
雨のあと、その結果を観たのだが、相変わらずジャージャーだ。

何を直したのか、葉くずをとりつなぎ目の位置を変えたかな。
本当のところ、体が不安定でよく見えないまま作業をした。
なんとも体が不安定。落ちでもしたら一大事。
やはりプロにお任せするしかないか。

雨どいは二十数年前に一度全交換をしている。
その時は、あちこち変形していたので仕方がないと思う。
でも今回は数か所なので、全交換するまでもないので
チョットした困りごとを処理する業者に聞いてみた。
電話がなかなかつながらない。
つながったと思ったら、見積りをするので担当者から連絡がいくという。
ただし、この梅雨時は大混雑らしい。
下見にいつ行けるかわからない。それでもいいかと念を押された。
まさか、梅雨があけてから修理なんてことはないだろうが
我慢するしかないな。

事前の連絡なく外出中に突然業者がきた。
近くにきたので現場をみたいというので妻が対応した。
やはり、屋根に上らないとよくわからないらしい。
かなり、ドロみたいなものが樋につまっていたらしい。

屋根にのぼるだけでも作業料金がかかるというのだが、今回無料で。
様子を見てだめなら再度修理するというのだ。
水を流して確認したらしく、問題ないということだった。

雨が降るのはイヤだが、早く確認したい。
昨夜、弱い雨が降り今日も続いている。
雨漏りジャージャーはないようだ。
しばらく様子をみてみよう。



ふくろう神社の紫陽花

昨年、ふくろう神社でたくさんのフクロウ像をみてきた。
その時、紫陽花の咲く頃がいいと聞いた。
その紫陽花とフクロウ像を観に再訪した。

ふくろうとは「不苦労」ともいい、苦労知らずで幸せを呼ぶという。
大きなふくろう像があり、パワースポットとして名が知れるようになった。
拝殿まで上る階段が九十六段(くろう)、登り降りすると二回(ふ)
で不苦労(フクロウ)というのだ。
階段の右が茨城県、左が栃木県で県境になる。
紫陽花は残念、少し早い。
途中で境内の花などをを管理している方に聞いた。
開花は普通で見頃は七月初旬だそうだ。
一般の紫陽花より開花が遅く、色変わりする品種もある。
品種が豊富で比較的小ぶりで育てられている。
だから、株元にあるフクロウ像も引き立つのだ。
百二十体あるフクロウ像もそれぞれに意味あり、楽しい。

次は七月初旬に、色鮮やかな紫陽花とフクロウを観たいものだ。
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アベノマスクが届いた

相当な資金を投入した国のアベノマスク。
我が県内では、まだ五割程度しか届いていないという。
品薄状態で大騒ぎが続いて、今では普通に買えるというのに。

手作りマスクが流行し、マスクを必要とする施設や人に寄付する
運動も増え続けている。
なのに、政府が緊急事態に備えたマスクが届いていない。
やっと届いたと思ったら、使わない、使いずらいから
そのマスクを有効活用するからとポストまで設ける自治体もできた。
なんとまあ、お粗末な緊急支援策だったのだろうか。
スピード感をもってと声高らかにいうが、とにかく遅いな。
どんな緊急事態に備えるか難しいとは思うが、ある程度想定はできる。
国民のリスク政策に金も力も投入して欲しいと思うばかりだ。

この間にデザインや機能性を考えたマスクがどんどん作られ、
子供用のマスクに工夫するママ達もすごい。
よっぽど国民の方がスピード感を持って対処している。
遅れ続けているマスク、今度は、第二波、三波に備えて欲しいと言いだした。
二百数億円の税金を投入した手前、あとに引けないのだろう。
政策の質や有効性を疑わずにはいられない。

それでも届いたマスクをつけてみた。
昔、懐かしの布マスクのつけごごち、う~ん。
慣れたこともあるが不織布マスクに軍配。
数回洗っても使えるし、ありがた感は小さいな。

我が家では,十八年前に流行したSARSの時、会社より支給されたマスクが残る。
東京に転勤になり三年目、新幹線など鉄道乗り継ぎで通勤していた。
危機感を予測し、会社が箱で支給してくれた。
そのうちの十枚程度が残されていた。
3Ⅿ(本社アメリカ)製の防塵マスク(カップ型マスク)だった。
医療従事者や自動車関連に多く採用されていた専用マスクだ。
今の不織布とは比べようもない重厚なものだった。懐かしい。

価格はともかくどこでもすぐ手にはいるようになった。
この一年で終息宣言はでないだろうが、大切に使いたいものだ。










梅干しのらっきょう酢漬け

娘が昨年に続き南高梅をもらってきた。
昨年つけた梅が残っているが(甘い梅としょっぱい梅)
違う漬け方をしてみようと挑戦した。

簡単で甘い梅干しをとレシピを捜す。
らっきょう酢でつけると丁度良い甘さだとネットに載っていた。
ホワイトリカー、瓶はあるのでらっきょう酢と赤紫蘇を買い求めた。
ところが、らっきょう酢がどのスーパーにも置いていない。
仕方なく、らっきょう酢は自分でつくることにした。
生梅は黄色くなってきたし作業を始める頃だ。
昨年の経験があるが、赤紫蘇の下処理とらっきょう酢が初めてだ。

この時期はあちこちで梅干し漬けや果物酒の材料が並ぶ。
立ち寄った道の駅でもきれいに追熟した梅が並ぶ。
同じような形で黄色く追熟した梅だ。
もらった梅は不ぞろいで、青いものもあればすこしシミがでてきている。
不ぞろいでも家族で食べるなら全然問題なしだ。
父が生きていた頃は梅干しを漬けたことはなく、スーパーで購入していた。
暇さえあれば梅干しを食べていた父。
生きていれば、漬けても漬けてもすぐなくなったことだろうが‥。

しかし、梅干し漬けといっても多種多様あるものだ。
素人が漬けるのに参考にしようとすると迷うものだ。
そんな時、できるだけ手間、時間かけずできる作業レシピをみつける。
果たして、今回のらっきょう酢漬けは甘い梅干しになるだろうか。
赤紫蘇を入れるのは少々あとになるが、愉しみでもある。

その前に、昨年の分を食べないとな。
漬けた梅の水があがってきた。いよいよ作業後半。
甘い梅干しが楽しみだ。


コロナ定額給付金がやっときた

オンラインで申請したが、住民基本台帳と違うから
書類で申請するよう要請された。再申請したがその結果は?
いったいどうしたのかとヤキモキしていた。

振り込む通知をだすとあったのだが何もない。
通帳の記帳をしたら振り込みがあったことがわかった。
オンライン申請から1ケ月半要した。早いのか遅いのかわからない。
ちなみに、世帯分離し代理で申請した母の通帳にはまだ入金はない。
マスクもいつになるのやら。

世帯主に同居家族全員分が振り込まれる。
家計に入るのか、奥様の不安も募る。
息子、娘はもらえるの? こんな話がささやかれる。
我が家では、すでに使い道を決めているので大丈夫。
今回の緊急対策は、全てに様々な問題がでている。
初めての事とはいえ、緊急事態への備え不足が露呈した。
国だけでなく、企業、家庭においても考えさせることも多い。
これを契機に備えを形にしておきたいものだ。
でも、喉元すぎればなんとやら、人間は勝手だからな。
命だけは給付金に替えられないから。
もうしばらく、自分の行動に責任をもつ時間が続くだろう。

給付金の受領が進む中、我が県でも、県民に限定した
イベントが県境を越える移動自粛の解禁に合わせスタートしたのだ。
県内のホテル、旅館に宿泊すると、宿泊料金が三千円~五千円
割引されるものだ。

生活支援及び経済効果を狙う施策なので、その十万円が
預金にまわるようだと効果はなくなる。
勿論、日々の生活に充てる人も多いかもしれないが
まず、県民から「一(いち)家族一(いち)旅行」ということだ。
元気にしていくため、泊にいこうかなと考えている。















孫のボーリング

先日、遊びに来ていた年長組の孫が、ボーリング遊びをしている。
どうも幼稚園が再開し、歩いて電車に乗ってボーリングをする
園外体験があるというのだ。

え、まだ六歳になったばかりでボーリング。
そんな小さい子供のボールあるの。
パパがボールの穴に指を入れることや投げ方のフォームを教える娘。
ペットボトルをピンになぞらえ真似事をしていた。
それだけに、その当日は気になって仕方がない。
すると、幼稚園のホームページにその写真が載っていた。
新聞社の取材もあり、あとで掲載されるようなメモもある。
その取材に応じたのが孫だったらしい。
どんな応え方をしたのか、翌日の新聞にはでていなかった。

ところでボーリングの大きさだが、三歳頃から遊べるように
子供用に準備されているようだ。
ボールは六ポンドからで約二.七キロ、指孔も五ツあるキッズ専用
補助のスロープ(小さい滑り台のようなもの)、ボールが溝におちないよう
ガードも設置できるようだ。
中には、子供用のマイボールセツトもあるらしい。
小生がボーリングを始め、マイボールを持ち、早朝ボーリングに
通った頃は五十年も前の事だ。
一時、流行が過ぎたと思ったが、また復活しシニア層やキッズにも人気が広がる。
ボーリングレデイ須田さん、中山さん。懐かしいな。

翌々日、その記事が載っていた。
どうも二十二日がボーリングの日らしく、イベントの一環として
ボーリング場から招待されて体験したらしい。
孫の名前と「はじめてだけどたのしかった」とコメントがあった。
早速、その記事とインタビューしている写真をアルバムにはった。






あしかがフラワーパーク

今日は県民に限り無料で開放するという。
車で約一時間半、久しぶりに県南方面にでかける。
毎年、藤の花をみているのだが、今年はみられなかった。

昨年は台風十九号で大きな被害を受け、二年続けてその復元に
職員さんも必死の思いだろう。
今頃の花といえば、花ショーブやバラそしてユリかな。
検温に消毒、園内の休みどころは間をあけて、お土産品棚も間隔をあけ
こんもりした散策路には数台の扇風機で空気の流れをつくりと
できる限りの感染防止策をとっている。

平日のこの季節、人の入りはこんなものだろう。
とにかく暑い。場所的には佐野市と足利市の境にあたる。
あとで聞いたら、佐野市が全国第一位の三十五、八度であった。
どうりで暑いはずだ。みんな日陰に入りたがるし
園側で用意した日傘はすぐなくなる。
それでも、マスクを外している人はごく少数だ。

一番花盛りの時を思い起こしながら、園内を一周する。
十月から始まるイルミネーションの電球の飾り付けもはじまっている。
コロナの心配も少し薄れ、光の祭典をみたいものだな。
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県民の日

我が県民の日ができてから三十五年になる。六月十五日だ。
特別な思いがあるわけではないが、遊園地の無料開放はじめ
様々な企画があり、県民にとっては利用しがいがあるものだ。

コロナ禍により、初めて大々的なイベントは中止になった。
それでも、注意をはらいながら、チョコチョコと外歩きを始める。
こうなると、県民の日にちなんであちこちの情報が気になる。
那須動物王国では、スナネコが初お目見え、紫陽花の隠れた名所、
無料開放や割引施設、疫病予防の黄ぶな弁当などなど
自分の目で確かめてみたいことが急に登場してきた。

どこにでもある県民の日だと思っていたら、制定しているのは
47都道府県中、半分にも満たないそうだ。
県木、県花、県歌などもあり、県民性をアピールしたい思いも強い。
関東近県では、学校が休みになったり、特別な給食メニューが出されたりする。
なぜ我が県は休みにならないの‥と不満も見える。
それでも制定の背景には、初めて知る歴史話もみえるものだ。

さて、県民の日に便乗してどこに出かけるか。
雨が降りそうもない、十五日にでも出かけてみることにしよう。




ゴーヤの苗植え

近所の方からゴーヤの苗をもらった。
毎年、取れたてのゴーヤをもらうのだが、今年は苗だ。
プランターに植えることにした。

ホームセンターで簡易網棚のセットを買い、準備を始めた。
プランターは、今までのお古で土をふるいにかけ
肥料をまぜた野菜用培養土で苗床をつくる。
さて、網棚をどこに置くか、庭先の空いたスペースは孫たちの
プール遊び場だ。仕方なく、三角棚の片面だけに網をはり、
なんとか、遊びに支障がないように作った。
翌日には、網に巻き付けたつるがのびている。早いな。
あとはゴーヤの自力に期待し実がなるのを待つだけだ。

ひと昔、どこもかしこもゴーヤのグリーンカーテンを作っていた。
広いお庭でうらやましい限りだった。
今は、狭くても簡単に野菜が作れるよう、小さな網棚が
セットで売っているのだ。
少人数で食べるなら、好きな野菜はプランターや鉢植えで十分だ。
実がなるのが楽しみだな。

ゴーヤは健康野菜で、もらっていた頃はゴーヤチャンプルをよく作った。
佃煮や醤油漬けも暖かいごはんによく合う。
今回は、育てたゴーヤで違う料理をしてみたいと思う。
実がなるかどうかわからない前に、いろいろと考えるのも楽しいものだ。

家庭菜園をやっている昔の仲間は多い。本格的な小農家のような方もいる。
野菜直売所に出している人もいる。
でも、食べる分だけでいいとなると、こんな愉しみ、暇つぶしがある。




奥日光のハイキングと誕生日

自身の誕生日前後には、かなりの確率で奥日光を歩く。
ここ数年は、他の予定がありご無沙汰していた。
前日の新聞に、戦場ヶ原のズミのドローン写真が載っていた。

たまらず、自粛中喚起の中だが車で出かける。
まだ梅雨宣言がでていないが、この先天気はよくない。
この時期の奥日光は、ズミ、ワタスゲ、クリンソウと開花続く。
現地についたのは午前八時半、県外の車はさすがに少ないがほぼ満車状態だ。
クリンソウをみたいが、あいにく、コロナ対策で低公害バスが運休だ。
しかたなく、戦場ヶ原の遊歩道を歩きながらズミとワタスゲを観に。
今までも、この二つが同時に観られるのも少なかった。
どちらかが終わりだったり、早かったりした。
だから、ズミだけワタスゲだけ写真撮りに出かけるのも珍しくない。
久々に純白のワタスゲ、ズミを観た。
遊歩道の先にはもっとズミの華やかな場所があるのだが、あいにく
通行禁止で先に行けない。昨年の台風十九号の被害で、湯川が氾濫し
遊歩道が通れなくなっている。
仕方なく、引き返して光徳沼や湯の湖へ車で移動した。
いつもなら、この時期、混雑で移動もままならないが
コロナの関係かスムーズに移動できた。

光徳沼、牧場を一周し初めての景観を楽しむことができた。
ここにくる楽しみのひとつ、アイスクーリムをほおばる。
するとクリンソウが咲いていると妻が聞いてきた。
裏庭に行ってみると、チョットしたクリンソウスポットになっている。
先ほど、クリンソウを諦めたばかりだったが、運よく観られた。

コロナ自粛が続く中で新しい生活が叫ばれる中、観光地巡りも
工夫が必要かも。バスがだめなら歩いて、体力に応じた歩き方で
まわれるところを探す。幸い、この廻り、何度も訪れながら
ポイントをたくさん憶えていたのも幸いした。

失うものもあるが、日光のハイキングは記憶しておきたいものだな。
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ラウンドアバウト(環状交差点)

あまり日本では聞かない道路の交差点のことだ。
ヨーロッパでは随所にみられるものだ。
海外でその交差点を何度か経験したことがある。

いくつもの道が交差する場所にサークルがある。
その中心になる島の周りを一方向に周回するもので、
信号も一時停止線もない。形態が同じようでも
信号や一時停止線があるものもあるらしいが、
それらは、ラウンドアバウトとは言わないようだ。
信号や一時停止がないので、譲り合いの精神で交差点を通る。
メリットもあるようで、日本では数少ないと思っていたら
なんと約百四十か所もあるようだ。特に、宮城県が多い。
我が県でも初のラウンドアバウトが完成した。
交通量としては多くない市町村道路にあるようだ。
県初のラウンドアバウはト五本の道が交差する。
以前、何度も通ったことがある道なのだが勝手が違う。

道路を走っているだけでは、その効果を図りしれないが、
信号待ちや、方向転換に一時停止して左右確認もなく
流れで走れる気がするな。

譲り合いで走るので、交通量が多くなったり、自転車、歩行者との
関わりも鍵になるようだ。
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