テーマ:歴史

渋沢栄一と柳林農社

一万円の肖像画になると時の人になった。 資本主義の父ともいわれ名前は耳にしたことがある。 隣町のⅯ市と関わりがあったと聞きその講座に参加した。 渋沢栄一は武州血洗島(埼玉県深谷市)の豪農だった。 尊王攘夷運動に参加後、一橋家の家臣になりその時に欧州を歴遊し 「合本組織」を学んだ知識で、数多くの会社や組織設立を指導した。 …
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あれ お地蔵さんの数が違う?

娘たち三人と家族で日光に一泊ででかけた。 まだ一度も訪れていないという憾満ケ淵を案内した。 陽明門など有名所は見たことはあるが まだまだ知らないところが多い日光だ。 神橋から大谷川沿いに上り、憾満橋をわたり、 さらに進むと慈雲寺というお堂がある。 そのあたりの大谷川は男体山の噴火でできたとされる 溶岩が残された奇勝地で…
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憲法記念日

今年の連休はどこにも行かない。 連休なのに屋根瓦の修理にきてくれたので 退屈が少ししのげることができた。 今日は憲法記念日。憲法が施行されて60年になる。 私が生まれる1ケ月前に施行された。 会社人間の一区切りの定年と憲法施行年齢が同じである。 天皇制、主権在民、戦争放棄など敗戦後の日本復帰の源でもある。 今日はど…
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本多正純と宇都宮城釣天井

釣天井伝説でも有名な宇都宮城が復元された。 そのお披露目に出かけてみた。 宇都宮城といえば、江戸将軍が日光東照宮に社参する際の 宿城として〈御成御殿)使われた。 宇都宮釣天井は、本多正純が城主時代(1622年)に 2代将軍家忠を暗殺しようと釣天井を作らせたという事件だ。 勿論、事実ではないようだが、正純が突然宇都宮城を …
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明智平の由来

日光いろは坂を上りつめたところに「明智平」という 大変眺めのよい場所がある。 なぜ明智平なのかなど、その謎を解説するミステリーツアーの 記事がでていた。 さて「明智平」だが、徳川家康のブレーンだったとされる 南光坊天海が名付けたといわれる。 その天海が実は明智光秀だったという説さえある。 本能寺で信長に謀反を起こした後…
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途中下車、小山評定の石碑

途中下車し小山市によった。 栃木県の小山市は歴史の町という。 最近、テレビドラマ、「功名が辻」で地名度が上がった。 いわゆる「小山評定」という軍議が開かれた場所とされる。 その石碑が小山市役所内にある。 「小山評定」江戸幕府成立に道筋をつけたといわれた。 小山という名前は、平安時代の「平将門の乱」を鎮めた 藤原秀郷から…
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東照宮の唐門に学ぶ

世界遺産、日光の建築物には動物やたくさんの人物彫刻がある。 その彫刻には、家康の平和な世の中への願いがあるという。 陽明門を抜けた正面に「唐門」がある。 白っぽい建築物だ。 見上げたところの一番下に、27人の人物像がある。 その「唐門」について、S新聞に載っていた。 真ん中に、中国伝説5皇帝のひとり、「舜帝」が民衆の意見…
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日光の三猿の教え

日光の三猿は,東照宮にいったことがある人は誰でもみる。 その意味するところも、なんとなくわかるような気がする。 でも本当のところはどうだろうか。 S新聞に三猿について書いてあった。 昔から猿は神馬を守るものとされた。 だから、馬屋の周りに猿の彫り物がある。 人間の一生を8ツの猿の顔に例えているという。 そのうちの3ツが…
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